駅路には駅家が原則、30里(約16km)おきに設置されていました。専門家は「標準駅間距離」と呼んでいます。
今回はこれをモノサシにして、逗子市横断ルート仮説を検証してみましょう。想定される駅家の位置を中心に、半径16kmの円を点線で描いてみました。
まずは、仮説ルートの東京湾への出口となる横須賀市船越町に、渡海駅「船越駅」を想定します(あたりまえ?)。上総国の渡海駅「大前駅」の比定地までは、直線で約17.5kmとなります。
次に、平塚市の大住国府西方に比定されている「箕輪駅」から、「船越駅」までは直線で約25.5km。よって、中間地点付近の藤沢市藤沢に「藤沢駅」を想定しました。
三駅間の実際の道のりは14~16kmで、標準駅間距離から見ても矛盾はないと結論できそうです。
なお、定説の走水渡海ルートの駅家比定地は、次の図の通りです。
箕輪駅~走水駅までは、道のりで約40kmあり、途中で一駅だったら鎌倉市内、二駅だったら葉山町内と藤沢市内に駅家が設けられていたと考えられています。(藤沢市教育委員会『神奈川の古代道』1997年)
定説ルートはこの通りです。(木下良『事典日本古代の道と駅』 2009年より)
標準駅間距離の観点から、どちらの説が矛盾が少ないとお感じになりますか?(笑)
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【ご参考】奈良時代後期に施行されていた基本法令である養老律令の廐牧令(くもくりょう)須置駅条には、「30里ごとに1駅を置くこと。もし地勢が険阻だったり、水や草がないところであれば、便に応じて安置すること。里の数を限らない」(超訳)と規定されているそうです。
つづく