古代道路の探し方

古代東海道の痕跡を探そう! 五万堀古道遺跡(茨城県笠間市)を起点に➃終

北東の想定ルートを探る

最終回は五万堀古道遺跡から北東に仮定ライン伸ばしてみました。

これまでの探索で、渡河点付近で丘陵への登り口/下り口に切通しが残る傾向がありました。これを手掛かりに引いた仮定ラインが下図。あやしいポイントをマークしました。

3Ⅾ地図で詳しく見てみましょう。まずは、水戸市鯉渕町の切通し1と周辺から。

実はこの仮定ライン、涸沼前川の渡河点である切通し1周辺で1度ほど東へ転向させています。こうすると上記の痕跡すべてを直線的につなぐことができるためです。

次に、水戸市河和田町の切通し2です。住宅地のど真ん中ですね。

水戸市鯉渕町の痕跡地形

では以下、仮定ラインの検証をしてみましょう!

まずは鯉渕町の切通し1周辺を1961年航空写真で再チェック。両岸に切通しが見え、土堤痕跡らしい地割も写っています。

明治の迅速測図にも切通しは見えています。少なくともこの頃までは道路として使われていたようです。

では、現地踏査へ。南から北へ歩いてみましょう。まず渡河点手前はこの通り。杉林の中に帯状地割(窪地)が良好に残っていますね。

北へ進むと対岸の丘陵が見えてきます。この辺が転向点です。

丘陵の林の中に入ると、廃道化した直線的な切通しが残っています。両壁の傾斜が立っており近現代の生活道のように見えます。

仮定ラインの位置を3Ⅾ地図で確認すると、廃道上ではなく右上方を走っています。

登ってみたところが下の写真です。この緩やかな傾斜(横断勾配)こそ駅路の痕跡としてふさわしい感じですね。どうやら駅路として廃止後にも道路として使用し続けられ、敷地の一部分が侵食/深く切り下げられたようです。

下は5年ほど前に撮影したもので、廃道部分が抉れたようなかたちになっているのがお分かりになると思います。

いさな

丘陵を断ち切って直進する駅路の姿に感動しました!

水戸市河和田町の痕跡地形

約4㎞北東の桜川北岸に進みます。仮定ライン上に見えるのがこの不思議な場所。コンクリブロックがお椀状に凹んでいますね。

中に入ると、この通りの巨大な切通し跡が残っています。ここまで完全なかたちで残っている駅路の切通しは全国でも珍しいはずです。

いさな

勝手に「凹道公園」と呼んでいます。スミマセン。

ここは「河和田三丁目市民の森」として奇跡的に残った場所です。周辺の再開発が進んでおり、いつかは消滅してしまうのでしょうか。

以上の検証をもって、仮定ラインを古代東海道の想定ルートと認定します!

終わりに

4回にわたる本シリーズもこれで最終回です。長文にお付き合い頂きありがとうございました。

起点となった五万堀古道遺跡はすでに消え、ここで取り上げた道路痕跡もいつかは同じ運命をたどることでしょう。

遺跡・痕跡との出会いは一期一会を覚悟しなければなりません。見逃しのないよう机上でシミュレーションを重ねた上で、古代景観の旅へお出かけ下さい。

最後に、本シリーズで検証した約15㎞の想定ルートを地図上に落としたものをご覧ください。

並行する常磐自動車道ですら緩やかに蛇行しているのに、現代のどの道よりも直線的で妥協のない計画性に脱帽です。

東アジアの一角で中央集権の律令国家を築こうとしていた飛鳥日本の独立自尊の気概を感じませんか?😉

終わり

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