姫路市というと、世界遺産となった国宝・姫路城の城下町というイメージが強いと思います。
一方で、街並みの骨格を形作っているのは、古代の条理地割です。1974年の航空写真をベースに、約109m方格の条理地割を一部復元してみました。
我ながらマニアック!(笑)。近世に開発されたという城南の街並みを除けば、全域が碁盤目状に区画されています。先達の研究でもこの通りです。
条理地割から推定すると、古代駅路は東西約8㎞にわたり一直線に平野を横断していたようです。手前のマークは国分寺です。
ところが、途中で一か所、丘の南端にぶつかり、迂回しているポイントがあります。
この丘こそ、『播磨国風土記』の神話に描かれた十四神丘の一つ「琴神山」に比定されている薬師山です。姫路城内から。
今度は、3D地図上で俯瞰してみて下さい。現状の地割から推定される迂回ルートを点線で書きこんでいます。実際はもっと滑らかだったでしょう。なお、緑線は近世山陽道で、同じく丘を迂回しています。
約8㎞の直線路を実現した古代の設計者は、この部分についてさぞ心残りだったことでしょう(笑)。でも、なぜいつもように切り通さなかったのでしょうか?
そのヒントになるかもしれないのが、薬師山南端をアップしたこの図です。北から見ています。
長径30m、短径20mほどの楕円の盛り上がりが見えます。といいますか、周濠付きの円墳?! 方形周溝墓?!
もう一つ気になるのが、盛り上がりの頂点を地割線が通っていることです。
まるで、この謎のポイントを起点に、平野の条理地割が敷かれたかのよう・・・、といったら言い過ぎでしょうか?(笑)
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姫路城の旧・中曲輪にも、おもしろい地割が残っています。
播磨国総社の射楯兵主(いたてひょうず)神社とその参道(黄色線)です。周囲の街並みと異なり、ほぼ正方位に作られています。
なかなかに立派な参道と拝殿です。
街並みの方位の変化が分かる、面白い交差点があります。なにかお気づきになりませんか?
ちょっと上から俯瞰してみるとよくわかると思います。この道、平行でなくV字に交わっているのです。
歴史ファンの皆さんはお気づきでしょう。正方位地割と総社、南側に駅路ときたら、そこは国府跡地に違いません。
周辺の本町遺跡では、大量の古瓦や柱穴列が見つかっています。
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城下町・姫路の街並みには、興味深い古代の痕跡が残されています。
本シリーズはこれにて最終回となります。全国で最も駅路と駅家の研究が進んでいるエリアです。是非、探索にご訪問下さい。
おわり