在宅探索の楽しみ

播磨国駅路を仮想探索! ⑦確認第一号の駅家・布勢(ふせ)駅

築地塀に囲まれた一辺約80mの方形区画・駅館院。礎石建て瓦葺で、白壁、赤塗りの建物群。そんな立派な駅家の姿が、布勢駅(小犬丸遺跡)の発掘調査で明らかとなっています。日本で初めて駅家遺構として確認されました。

でも、やっぱり、気になりますよね? 駅路痕跡!(笑)。下の写真は、発掘調査で「驛」「布勢井邊家」と書かれた墨書土器や木簡が見つかった有名な場所です。それはさておき、東西に走っているのが、山陽道の北側溝と考えられています。ちなみに穴のように見えるのは井戸跡です。

小犬丸遺跡_A1区_駅路北側溝?
兵庫県教育委員会 1986年『ひょうごの遺跡』10号

実は南側側溝も見つかっています。それぞれの位置関係は下の図の通りです。

小犬丸遺跡発掘調査区図に加筆
播磨考古学研究会 2014年『播磨国の駅家を探る』に加筆

では、駅家付近で駅路はどこをどんな風に通っていたのでしょうか? 調査を担当された岸本道昭氏は、ズバリこのように推定されています。ただし、左右の繋がりは不明のようです。

布勢駅家の遺構発掘成果
条里制研究会 1997年『空から見た古代遺跡と条里』

この駅家の前で駅路が広場状になっているパターン! 見覚えがあります。常陸国の藻島駅家比定地です。

長者山遺跡と東海道駅路
近江俊秀『日本の古代道路』角川選書 2014年

そういえば、心の師・中村太一氏(北海道教育大)が布勢駅家の3D復元図を作成されていました。駅家前の駅路もきちんと復元されてました!(笑) とても美しい建物で、蕃客(外国の使節)の来訪に備えた宿泊・迎賓施設としての機能があったというのも頷けます。

それにしても、駅路はどのように繋がっていたのでしょうか? こういうときは、古い航空写真に限ります! 写真は、1961年の国土地理院撮影のものです。

MCG611B-C4-8811_19610530_たつの市_国土地理院
MCG611B-C4-8811_19610530_たつの市_国土地理院

なんとな~く地割が読み取れますね。実は、西方の中谷廃寺でも発掘調査が行われており、駅路痕跡は見つかっていません。これらを手掛かりに、蛮勇を振るって想定ラインを引いてみましょう。

さて、そうなると、とても気になるのが、これらの帯状地割です。上が北側溝、下が南側溝の検出された付近。これってそのまんま駅路なんじゃ!?

最後に、邑智駅からの略図をご紹介します。なお、長尾薬師塚古墳は初代駅長の墳墓で、中谷廃寺は駅長が壇越だったのではないか、とも言われているそうです。

小犬丸遺跡周辺の古代環境
播磨考古学研究会 2014年『播磨国の駅家を探る』

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