在宅探索の楽しみ

播磨国駅路を仮想探索! ⑨『枕草子』にも登場した大蛇伝説の野磨(やま)駅

清少納言が「駅家といえばいろいろあるけど、野磨駅のあわれさは別格!」(超訳)と書いたその駅です(笑)。原文は下の通り。

「むまやは なしはら。ひくれのむまや。つきのむまや。のくちのむまや。山のむまや、あはれなる事を聞きおきたりしに、又あはれなる事のありしかは、猶とりあつめてあはれなり」『能因本枕草子』

野磨駅は、後に『今昔物語』にも描かれた大蛇の説話の舞台で、清少納言のコメントはこの話を踏まえたものだと考えられています。

昔ある僧が法華経の最後の部分をどうしても暗唱できないで悩んでいた。ある夜、夜叉のような姿の人が現れて話した。僧の前世は野磨駅に住む大蛇だ。ある時、駅家に泊まった聖人を食べようとしたが、聖人が法華経を唱え始め思いとどまった。朝が来たので聖人は法華経を唱えるのを途中でやめ、駅家を発った。だから僧は法華経をすべて覚えることができないのだ、と。それを聞いた僧は、ますます仏道に帰依し、精進したという。(超訳)

駅家が確認された上郷町落地(おろち)の地名は、大蛇(おろち)に由来するといわれています。古瓦が採集されていたことから、地元では「源氏屋敷」とも伝えられていたそうです。なんという濃密な歴史ロマンの地でしょうか!

さらに、この駅家は極めて遺存状況が良く、故・高橋美久二氏も「千年前に大蛇が住んだ駅家が後世の撹乱を受けずに、そのままパックされた状態で出現したかのようであった」と話されていたそうです。(木本雅康 2008年『遺跡からみた古代の駅家』

論より証拠。遺跡平面図と立体微地形図を比べて御覧ください。駅館院が存在した当時の地形がほとんどそのまま残されていることが分かります。この駅館院の築地塀は、北側の斜面に急角度で上り、中腹で東西に折れて平坦面を作り出しているのが特徴ですが、それも明確に見て取ることができます。

実はこちらは、瓦葺きに作り替えられた後期の駅家で、近くに前期の遺構も確認されています。位置関係はこの通り。

前期駅家の東側には、幅約10mの駅路遺構(側溝)も見つかっています。ただし、方位の異なるSD-103の解釈については、道の付け替えの結果なのか、布勢駅のように広場状に広がっていたのか、結論が出ていません。こういう“重箱の隅”が気になるのが、マニア心です(笑)。

初期野磨駅家跡(落地遺跡八反坪地区)遺構平面図
播磨考古学研究会 2014年『播磨国の駅家を探る』

以上で本シリーズは終了です。現地探索オフシーズンの夏を乗り切るためのストレス解消企画でしたが、狙い通り、現地を旅したような気分を味わえました。可能な限り最新の情報を集めましたので、大変勉強にもなりました。

最後に、長文にお付き合いいただいた皆さまに改めてお礼申し上げます。

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