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因幡国の古代道路 ②国府域の駅路はどこに?:鳥取平野の条理地割を読み解く【中】

では早速、条理地割の不整合の中心である大路山南端を原点に、四エリアに分けた検討を進めましょう。

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まずは分かりやすい南半、第3・4象限から!  ベースの地図は1897年のもの。

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大変明瞭に南北に走る条理余剰帯が検出されました。バイブル「地図でみる西日本の古代」と同じ考え方で、山陽道連絡路「因幡道」が走っていたと推定します

因幡道は美作国の中町B遺跡で、幅9m(側溝心々間)ある山陰道本路並の規格の立派な遺構が見つかっています。

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幅約30mと山陰道標準敷地の二倍もあるのが気になりますが、 地割引き直しの過程で何らかの原因で拡大していったのではないでしょうか?

また、旧版地図で明瞭な黄線の直線道路は、因幡道が後世に付け替えられたものと推測します。

理由①は、下の帯状地割です。幅約15mと幅9mの駅路として標準的な敷地が確保されています。

理由②は、青線のルートは南方で標高200m超の峠を越えなければならず、近世・近代の智頭街道に合流可能な平地の黄線にルートが移るのが自然であることです。

あえて鳥取平野の見通しのよい高所を通ったのは、当初は軍事的見地が意識されていたからではないでしょうか?

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次に第2象限を見てみましょう。

広域でみると、新旧因幡道の合流点から西に向かい、行政界でもある倉田八幡宮の参道に沿って走行方向をやや北に変え、千代川を渡った直線道路が想定されます。

当然ながら、伯耆国へ向かう山陰道本路でしょう。

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時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成

下の拡大図では、第2象限と第3象限の間の条理地割・行政界の不整合がよく分かると思います。

上段と下段の条理地割は全く繋がらず、南北に約40mもある余剰帯が出来ています。さらに行政界も条理地割とズレています。

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時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成

おそらく、この余剰帯の一部が本来の山陰道の敷地で、繰り返し水害に遭い地割の引き直しが行われ、結果としてこのような姿となったのではないでしょうか?

本ブログとしては、倉田八幡宮の社叢北に幅20mの帯状窪地が見えることから、ここが本来の道路敷地と推定します。

最後に、国庁のある国府域核心部、第1象限です。

山陰道は、大路山南端から二町北に上り、今木山山頂辺りを目指して真っすぐ東進、国分尼寺手前で南北道と十字路を作っていたと推定します。

その後、但馬国方面へ南北どちらのルートで向かったかは不明です。

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時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成

下図でアップで見ていただくと、緑線と赤線の二系統の条理地割があることがお分かりいただけると思います。

これも時代変遷の影響と推定されますが、注目したいのは両社が重なった不整合部分の幅が約20mであること。

こうなった経緯は不明ながら、本来はここに山陰道の敷地が走っていたと推定する次第です。

この不整合部に沿って行政界がありますが、これは水路の跡です。駅路側溝が後世に水路として使われることはよくあるのです。

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時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成

ということで、本ブログでは、国府域の古代道路の位置は下図の通り、推定いたします。

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時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成

結果的に、「地図でみる西日本の古代」の想定ルートと大きく変わりませんでしたね。

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島方洸一 企画・編集統括『地図でみる西日本の古代 律令制下の陸海交通・条里・史跡』平凡社 2009年

こうしてみると、この道路と官衙・寺院の配置は、因幡道からの進入を強く意識したもののように感じます。

但馬国との間の山陰道はかなりの難路が想定されますし、積雪期は不通となったでしょう。

『地図で見る西日本の古代』でも、「山陰道は一本道ではなく、いくつかの枝状に分岐した連絡を持つ駅路であって、その多くは山陽道へ向かっていた」としています。

また、都から山陰道諸国の中の一国を目指す場合は、山陰道から陰陽連絡路を使う例が多かったとも。

ですから、因幡国府域の景観を理解する上では、下図のような地図を念頭に置いたほうがよいかも知れません。

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※写真と上図の出展
タイトル:八幡山遺跡 ; 八幡山南遺跡 ; 八幡山円明寺跡 ; 尾崎遺跡 ; 中町B遺跡 ; 穴が逧遺跡 ; 穴が逧古墳 ; 今岡D遺跡 ; 今岡中山遺跡 ; 今岡古墳群 ; 高岡遺跡
副書名 : 中国横断自動車道姫路鳥取線(鳥取自動車道)建設に伴う発掘調査
シリーズ名 : 岡山県埋蔵文化財発掘調査報告
シリーズ番号 : 213
編著者名 : 岡山県古代吉備文化財センター
発行(管理)機関 : 県教育委員会 – 岡山県
発行機関 :
発行年月日 : 20080331

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