現地レポート

出雲国の古代道路 ⑨計画線と遺構・痕跡の「ズレ」を追う

出雲国シリーズ最終回は、国府域から松本古墳群までの山陰道につき、想定される基本計画線と実際のルートの「ズレ」に焦点をあてます。

意地悪なあら探しのようですが、ここにこそ駅路設計の妙があるのです!

まず、下図をご覧下さい。遺構や痕跡を実踏で確認し地図上で追っていったところ、この区間の山陰道では二つの測量点をつないだ基本計画線が存在するのではないか?、との仮説にたどり着きました。

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基本計画線とは、敷設工事に先立って定められた、二点間を結ぶ最短の直線ラインのことです。現実には地形的な制約がありますから、必ずしもこのライン通りに道が敷設される訳ではありません。

まず東端の測量点1について検証しましょう。十字街から西約1.3㎞の低丘陵上に位置しています。

写真は山陰道痕跡の現道を西に歩き、丘陵の手前で撮影したものです。

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次に3D地図で上からご覧ください。道路敷地を約15mと設定し、青線で記載しています。

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東側が定説の道路敷地、西側が条理余剰帯です。ところが、ご覧の通り
、丘陵を挟んで南北に約20mもズレてしまっているのです。

原因は、東西でこの丘陵を目標に道路を敷設したところ、微妙な誤差が生じてしまったため、と考えられています。

実は航空写真で見ると、三角マークの通り、東西をつなぐ斜めの帯状地割が畑地に明瞭に残っており、駅路痕跡とされています。

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現地を西から見るとこの通り。

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また、丘陵頂上部の小無田遺跡では、駅路側溝とみられる東西溝が見つかっています。これもこの畑が道路痕跡であることを補強しています。

以上の通り、「ズレ」の存在が、図らずも駅路設計上の起点となった測量点の存在を明らかにしてくれています。

次に西端となる測量点2ですが、低丘陵上に位置する大角山古墳群一号墳(前方後円墳、全長61.4m、標高約42m)の後円部頂と推定しています。

では、基本計画線の想定ライン上を、測量点1から西へ辿り、道路痕跡・遺跡とどの程度一致するかチェックしてみましょう!

第一にこの水路のクランク。測量点1から500mほどの場所で、1974年の航空写真で見るとこの通り不自然に曲がっており、以前より痕跡地形とされています。

それにしても見事に、基本計画線の南端で折れ曲がっています。kashmir3Dで微地形をチェックすると、水路左岸の計画線内が周囲より1mほど微高地となっていることが原因のようです。

駅路が低地を築堤して横切っていた痕跡ではないか、と想像しています。

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第二は、さらに2㎞ほど西に進んだ丘陵上の遺跡群。すでにご紹介した側溝が見つかった道路遺構群です。

上段の航空写真上の基本計画線と、下段の各遺跡の位置図を比較下さい。赤線がトレンチを入れた場所で、およそ道路遺構の位置です。
下段図は、松江市教育委員会財団法人松江市教育文化振興事業団「渋ヶ谷遺跡群発掘調査報告書」2006年より

丘陵上の地形の制約を受け蛇行しながらも、最終的に基本計画線内に復帰している様子がお分かり頂けると思います。

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第三は、さらに800mほど西にある田圃の現道。かつては条理地割が敷かれ、余剰帯があったのでしょう。基本計画線北端とビッタリ一致しています。これも以前から痕跡地割とされている場所です。

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現地で先ほどの遺跡群のある東方向を見たところ。

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さらに、松本古墳群などがある西方向を見たところです。シリーズ第一回でご紹介したエリアは、左の電波塔のあたりです。

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さあ、フニッシュはここです。

下図の旧地形図上では、青線が基本計画線で、測量点2の大角山古墳群一号墳の手前、松本古墳群のある丘陵北東端部を新たな測量点として、やや南に方位を変えているようです。

赤線が実際の駅路ルートで、松本古墳群の切通し坂で丘陵上から平地へ下っています。その先では方位を変えた基本計画線へ復帰していたと想像されます。

(下図は、建設省中国地方建設局松江国道工事事務所・島根県教育委員会「一般国道9号松江道路(西地区)建設予定地内埋蔵文化財発掘調査報告書3」1997年より

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なお、方位を変えてから目指したのは、下図3D地図の通り、丘陵の最低鞍部であったようです。峠を越えると宍道湖岸に出ることができます。

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以上の通り、基本計画線は、一部、実際のルートと「ズレ」を生じつつも、全体としては痕跡・遺構の位置とほぼ一致していることがお分かり頂けたと思います。

長くなってしまいましたが、測量によって最短の基本計画線を引き、工事にあたっては現実の地形に合わせて適宜修正を加える、という古代の道路づくりの方法論が明確になったのではないでしょうか?

古道地形マニアのブログ主としては、この「修正」が、地図上で理想ラインとの「ズレ」として見えてくるのが大変面白いところです。

地図を見ながら現地を訪れ古代の設計技師たちとの”対話”を楽しむ、これこそが古代道路歩きの醍醐味であります!(笑)

【終わり】

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