「関の清水」から少し下った丘陵先端部に、葵塚、巴塚があります。それぞれ古墳時代後期の円墳(25m)、方墳(11×13m)で、倶利伽羅の戦いに勝利した源義仲の愛妾の名前に由来しています。
![](https://kodokiko.com/wp-content/uploads/2019/08/tumblr_pw74u5dQ0D1r8vfhbo3_1280-1024x682.jpg)
![](https://kodokiko.com/wp-content/uploads/2019/08/tumblr_pw74u5dQ0D1r8vfhbo1_1280-1024x682.jpg)
谷向こうには古墳時代前期の前方後円墳、関野古墳群主墳(65m)があり、古代において重要な地域であったことが伺い知れます。
さて、下の写真にご注目下さい。葵塚の脇を幅3mほどの古道が走っています。この道を辿ると・・・。
![](https://kodokiko.com/wp-content/uploads/2019/08/tumblr_pw74u5dQ0D1r8vfhbo2_1280-1024x682.jpg)
「関の清水」から少し下った丘陵先端部に、葵塚、巴塚があります。それぞれ古墳時代後期の円墳(25m)、方墳(11×13m)で、倶利伽羅の戦いに勝利した源義仲の愛妾の名前に由来しています。
谷向こうには古墳時代前期の前方後円墳、関野古墳群主墳(65m)があり、古代において重要な地域であったことが伺い知れます。
さて、下の写真にご注目下さい。葵塚の脇を幅3mほどの古道が走っています。この道を辿ると・・・。