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【ニュース解説】松江市で風土記の「朝酌渡」遺構を発見。官道の渡し場としては全国初

『出雲国風土記』に見える官道の渡し場「朝酌渡(あさくみのわたり)」とみられる石敷の護岸が、松江市朝酌町の朝酌矢田Ⅱ遺跡で見つかりました。

宍道湖から中海へ流れ込む大橋川左岸に位置します。

まずは、ニュースのポイントから!

朝酌矢田Ⅱ遺跡のポイント
  1. 隠岐国へ向かう山陰道支線「枉北道(おうほくどう、きたにまがれるみち)」の想定ルート上で、『出雲国風土記』の「朝酌渡」の可能性大。
  2. 須恵器の年代により整備時期が7C2H~8Cと判明。官道の渡し場は初の確認であり、全国の古代交通・景観の復元に手掛かり。

実は①については、過去に現地レポートをアップ済みです。位置的にはほぼ予想通りでした。まぁ、風土記の記載のまんまなんですけどね!(苦笑)

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古代官道のルート推定で『風土記』は強力な武器です。でも、残っているエリアは少ないんですよね。。。

古代交通史的には②の方が画期的といえるかもしれません。

下の写真は、同じく島根県益田市の中須東原・西原遺跡で発見された12Cから16C1Hの礫敷き遺跡でラグーンの港跡です。古代と中世の違いはあれど、そっくりですよね! 実は中世の港跡は青森県十三湊遺跡はじめ、全国でいくつか発見されています。

益田市教育委員会『中須東原遺跡 市内遺跡発掘調査及び益田川左岸北部地区土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書』2013年

「ラグーンに入港した船は、そのまま浅瀬に向かい、石が敷き詰められた岸に乗り上げ、船体をロープで固定していた」(近江俊秀『日本の古代道路』角川選書 2014年)と考えられています。

下の写真のようなイメージでしょうか。よいものがなく何故かタイのビーチの写真です(苦笑)。実際には、川岸・湖岸のぬかるんだ泥濘を礫敷きで護岸することで乗り降りしやすくしていたわけですね。

鳥取県青谷町のつづら折りの官道遺構発見もありましたし、古代道路界隈では今、山陰道が熱い!(笑) 同様に全国の官道渡河点で今後、石敷きの護岸施設の再確認が進むことでしょう!


現地の土質や杭の跡など詳しい状況は、島根県の報道資料をご覧ください。

また、動画にまとめられていますのでこちらも是非!

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資料が全てweb上にアップされていて助かりました。島根県さん、ありがとうございます!

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