現地レポート

「大宰府羅城」探訪記 ③博多湾を望む防塁:水城

「筑紫に大堤を築きて水を貯えしむ。名づけて水城という」。福岡平野を一文字に横切る長さ1.2km、高さ13mの土塁は、『日本書紀』にも見える巨大な防衛施設です。その名の通り、前面には幅60m、深さ4mの外堀まで持っていたそうです。

663年の「白村江の戦い」の翌年、緊迫する国際情勢の下、博多湾方面への守りとして築造されました。そのスケールを実感して頂きたく、まずは、北方の四王寺山方面から見下ろした写真をご覧下さい。

近くに寄ると、まさに大きな川の堤のように見えます。

古代には出入り口は二ヶ所しかなく、いずれも直線的な官道が通じていました。

東門には西海道駅路「大宰府路」が通り、大宰府政庁へと続いていました。詳しい構造は不明だそうですが、門柱の礎石が残っています。

西門は、大陸からの使節が訪れた鴻臚館(筑紫館)からの官道が通っていました。8世紀以降は瓦葺の八脚礎石門となり、大宰府の表玄関としての位置づけてであったと考えられています。

案内板に発掘調査時の写真がありました。土を何層にも突き固める版築工法で作られている壁面を叩いてみると、今もなおコンクリートのような硬さを維持しています。

水城はいわば、街中に残された“古代”です。公園として整備されている部分もありますから、「古代山城はちょっと・・・」という方にも気軽に訪れて頂きたい場所です。

あ、それと、大野城市さんがつくられた解説動画、ご覧下さい。応援しますよ!(笑)

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