現地レポート

「大宰府羅城」探訪記 ④最大の古代山城:大野城

大宰府政庁の背後に聳える四王寺山に築かれた“北の守り”。驚くべきはそのスケールです。馬蹄形の尾根上を巡り、北に開く谷を塞いだ城壁は、二重部分を含めると総延長8kmに達します。さらに、70棟を超える倉庫と見られる礎石建物跡が確認されています。同時に築かれた基肄城を遥かにしのぐ、国内最大の古代山城です。

なんだか気負ったリード文になってしまいました(笑)。周囲6.5kmをぐるりと歩いてみたときの驚きを思い出したせいでしょうか。

これまでに9つの城門が確認されていますが、最も遺構が残っているのが南側の太宰府口城門です。水ノ手口石塁や門の礎石が残されています。発掘調査で、掘立柱建物から瓦葺礎石建物への変遷が明らかになっているそうです。

一方、北側の宇美口城門跡周辺には、長さ約180mの百間石垣が残されています。基底部の幅9m、高さ最大8mで、石塁跡としては城内最大です。外部に開いた谷を塞ぐためとはいえ、その長大さに脱帽です。

ここで石塁跡をまとめてご紹介します。北石垣、小石垣、大石垣の順です。いずれも観光案内で見所として取り上げられている場所です。

次に、尾根上の土塁を一挙にご紹介します。

なお、西側の毘沙門堂付近には大城山頂上(410m)があり、窪地となっています。有事の際の情報伝達手段であった狼煙、烽(とぶひ)の跡だそうです。『延喜式』では大宰府管内において、「若し賊と知らば両炬を放つ。二百艘以上は三炬を放つ」と定められていたそうです。

礎石群はキリがないので、増長天礎石群だけご紹介します。

最後に、「県民の森センター」に掲げられていた案内図がとても分かりやすかったので、ご参考にどうぞ。

これにて「大宰府羅城」シリーズは終了です。古代景観の雄大なスケールをお伝えしたい、というテーマでレポートしましたが、いかがだったでしょうか? 取りこぼしも多々あろうかと思いますがご勘弁を! 

POSTED COMMENT

  1. 宮田太郎 より:

    これだけ特集したブログは見たことがない。さすが日本古道紀行ならではのレポート。小生も大野城の外周塁は日本版「万里の長城」かと思うほどの迫力で感動し、かなり上までチャーターバスで無理やり上がったことが何度もありました。筑紫の高良山は大量の土器を発見してからそのまま。屋嶋城も大きな軍艦が瀬戸内海を見降ろしているような大規模防衛遺跡。しかし、岡山の鬼ノ城は未だ行ってなかったですが正に未解明の古代山城で感動!温羅や八大龍王などにまつわる各地の伝説地はどこも時が止まったままの雰囲気。単独行は天候が良くないとかなり躊躇しますし…ね。このシリーズの価値は大変大きいです。古代街道との関連もさらに追及していってください。近未来の若者たちが歴史地理探訪で元気よくチャレンジする日を夢見て…。

    • isana より:

      プロの研究家におほめ頂いて光栄であります! 古代山城も駅路も天智・天武朝に整備されたものです。遺跡を調べ訪ね歩いていると、あの時代の空気、雰囲気といったものが感じられ、たまらない魅力となっています。なかなか共感してもらうのが難しい趣味ですが、今後もブログを通じて情報発信を続けていきたいと思います!

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