現地レポート

常陸国の古代駅路 ⑨台渡里官衙遺跡群周辺の切り通し状痕跡

那珂川南岸の標高約30mの台地上に、那賀郡衙・郡寺跡とされる遺跡群があります。渡里(わたり)という地名はズバリ、歴史的な渡河点を意味するもの。ということは、段丘崖に切り通し状痕跡があるはずです!

まずは、立体地図で“予習”して下さい m(_ _)m

台渡里の切り通し

奥のダム状の土手は現代の道路です。東京スリバチ学会さんの定義では「真性スリバチ」でしょうか?(笑) 一見、ただの谷ですが、歩いてみると駅路痕跡らしき特徴をいくつか見つけることができました。

まずは、入り口の広く浅い掘割状地形。

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次に、幅10m程度ある帯状に伸びる底部。

あまりに幅広いため自然の谷のように見えてしまいますが、可能性は高そうです。市教委の川口武彦氏の論文から推定ルート図を引用させて頂きます。

東海道駅路の推定路線と遺跡の位置
2008, 『古代交通研究会第14回大会資料集 アヅマの国の道路と景観』古代交通研究会

最後におまけ的ですが、このラインを南西に下ると、駅路痕跡とされる路地が、市立第五中学校裏の住宅地にひっそり残されています。「堀町」という地名が示唆的です。

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とても駅路には見えない佇まいですが、このラインは沢渡川を渡った先で再び、大字境の直線道にスムースに合流します。その後、JR赤塚駅周辺で不明瞭になりますが、その先で、例の“ホリワリ公園”のラインと交わります。


◎参考資料

今回の元ネタ=県教委サイトの「歴史の道調査事業 古代第2回調査」

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