現地レポート

常陸国の古代駅路Ⅵ ①愛宕山古墳群脇に新たな駅路痕跡を発見!?

「現場百回」。刑事捜査でよく言われることで、事件現場にこそ解決への糸口が隠されているという意味です。凹道探索にもあてはまることを、本日思い知らされました。

推定ルート上を、半年ぶりに歩いてみたところ、なんと二子塚古墳(愛宕山1号墳、径26m、高さ4.5m)が発掘調査中でした。八幡太郎義家の妻がこの地で双子を出産し、内一人がなくなり埋葬したとの伝説があります。茨城県内の東海道駅路にはなぜか義家伝説がつきまといます。

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そして、突然気付いてしまいました。現道を挟んだ愛宕山3号墳(径34m、高さ5.5m)との間に、幅12mの駅路を通す余裕がないのです。現道と違って、駅路は絶対に古墳を切り崩したりしません。敷設にあたった地元の人々がそれを許すはずもなかったでしょう。

とすると、駅路は古墳群の西を迂回するしかありません。実は以前から、明治時代の迅速測図に直線道路が描かれているのが気になっていました。その道をチェックしてみることにしました。すると、衝撃的な地形が続々と!(笑)

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どうです、この幅広で緩やかな切通し状地形! 西から切り込む開析谷へ下りていきます。その姿だけ見れば、駅路痕跡で当確です(笑)。ただし、上り始めると開析谷の浸食を受けたのか、痕跡が不明瞭になります。

現地の地形を見ると、そのまんま駅路痕跡に見えてしまいますが、ゆるやかに曲折しています。悔しいですが、アマチュアには判断がつきかねます。

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以上を踏まえ、これまでの推定ルート(青色破線)から、古墳群を避けて転向する新推定ルート(赤色破線)を描いてみました。

愛宕山古墳群と駅路痕跡
下稲吉の新推定ルート 3D

迅速測図に見える直線道路とも矛盾はありません。

愛宕山古墳群と駅路痕跡 迅速測図

Googleマップの航空写真もご覧下さい。直線地割が見えますね。なお、マップ上の二子塚古墳の場所は誤りです。修正依頼をしています。

なお、いばらきデジタルマップによると、下稲吉字市村の新推定ルートと現道の間には、新治道添遺跡という古代の遺跡が存在します。

ということで、本ブログでは今後、新推定ルートを駅路痕跡として認定することといたします(笑)。これぞ凹道探索の醍醐味です!

つづく

【補足】③で具体的なルートについて推定しています。ご覧下さい。

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