現地レポート

【吉備国特集】1.巨大古墳が物語る吉備の国力

全国最大の古墳は、大阪府堺市の大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵、486m)であることはご存じの通り。200m以上の大型古墳は全国に40基ありますが、近畿以外にあるのは、わずか4基。そのうち3基が岡山県にあります。そして、最大のものが第4位の造山古墳(岡山市、350m)です。ランキング表はこちら

造山古墳くびれ部から見た後円部
造山古墳後円部から見た前方部
造山古墳の案内板

県内でこれに次ぐのが、第9位の作山古墳(総社市、286m)です。築造時期はいずれも5C前半~中頃とされています。

作山古墳全景
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岡山県は古墳時代、広島県東部を含む広い領域を抱えた大国で吉備と呼ばれていました。『古事記』に兵庫県の加古川が国境であったととれる説話があることなどから、兵庫西部までが含まれた時期もあったようです。

吉備国領域

大王陵に匹敵する墳墓を次々と築造したこの時期、吉備はその全盛期を迎え、ヤマト王権と肩を並べる勢力であったと考えられています。

さらに踏み込んで、造山古墳の被葬者は倭王の一人ではないか、とお考えの地元研究者も少なくないようです(高橋護「吉備と古代王権」『古墳と地方王権』1992年、薬師寺慎一『考えながら歩く吉備路』2009年など)。

つまり、肩を並べていたのではなく、吉備こそが当時の日本の中心地であった、という大胆な推論です。なんという燃える歴史ロマンでしょうか! 

という訳で今回より、古代山陽道そっちのけ(苦笑)で調べました吉備国シリーズがスタートいたします。

つづく

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