在宅探索の楽しみ

旧中原街道のS字カーブに隠された直線道痕跡は古代東海道か!?

横浜市旭区上白根町の現・中原街道沿いに、よく知られた旧道跡があります。
Google earth上に赤線で表示するとこの通り。

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丘陵のピークを巻きながら登っているのがよく分かります。現道のような急な傾斜の直登ルートを避けたのでしょう。

ところで、現道脇に妙に幅の広い遊歩道が整備されているのに気付かれましたか?

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緩く蛇行した部分とその前後で、約270mあります。車道脇に立派な歩道があるのに、さらに遊歩道があるのが不自然に見えます。

実はこれ、現道が整備される前にあった直線道路の名残なんです。1961年の航空写真に現代の地図を重ねると、この通り。

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短冊のような細長い余地ですから、民間に売却せずに、遊歩道として活用したのでしょう。

歴史地理学ではこうした土地を「帯状地割」と呼んで、古代道路検出の有力な手掛かりとしています。


遊歩道の謎は一件落着ですが、この直線道路、いつまで遡れるのでしょうか? いつもの迅速測図で見ると・・・

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出典:歴史的農業環境閲覧システム(農研機構農業環境変動研究センター)

少なくともこの頃までに存在したのは間違いないようですね。迅速測図は位置関係がかなりアバウトなので、終戦直後の米軍航空写真で確認してみましょう。

確かに写っています。先ほどの1961年航空写真より以前の、より明治に近い道路の状態がよく分かります。


ここからが本題です。

この直線道路、右上から下って来る中原街道の延長線上にきれいに乗っかってますよね。しかも、S字カーブにぶつかった先にも、直線地割が見えます。

つまりは、元々はこういうルートだったのではないか、と想像されます。

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出典:歴史的農業環境閲覧システム(農研機構農業環境変動研究センター)

この直線的な姿は、古代道路を彷彿とさせますよね!(笑)。周辺の小枝谷が邪魔ですが、浸食が進む前はもう少しフラットだったはずです。

もう一つ気になるのが、道脇の三角点。標高約87mと付近では最高点であり、現在でも「富士塚」地名が残っています。私が道路設計者なら測量点としたことでしょう。

さて、これらを踏まえて、もう一度、米軍航空写真をご覧下さい。

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旧中原街道のS字カーブを縦断する直線道路が浮かび上がって見えてくるはずです。

旧中原街道が古代東海道を踏襲したもの、というのは学会の定説です。ですから、S字カーブは近世に整備されたときに、勾配緩和のために付け替えられた可能性があると考えられます。

前回ご紹介した綾瀬市の切り通しでも同様の構造を想定しています。

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ここまでお読みいただいた皆様は、タイトルの意味をお分かりいただいたと思います。

謎の遊歩道の敷地の歴史を遡ると、近世以前からの直線道路に辿り着く可能性があります。

古代東海道の痕跡の可能性が大いにあるということになるわけです!

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この場所は前から気になっていたところでして、今回、調べてみてスッキリいたしました。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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