在宅探索の楽しみ

下総国の古代駅路 ①龍角寺旧参道の“さまよえる切通し”

印旛郡栄町の龍角寺は、出土瓦などから7世紀後半の飛鳥時代に創建されたと考えられており、東日本屈指の古刹です。

その旧参道に、不思議な切通しがあります。地図の年代によって位置が大きく変わっているのです。タクラマカン砂漠のさまよえる湖・ロプノールにちなんで、“さまよえる切通し”と名付けました(笑)。

まずは、トップの3D地図をご覧下さい。

小支谷を直線的に横断するために、切通し→土橋→切通しと工事が施されています。勘の鋭い読者はお気付きでしょう。典型的な古代駅路の痕跡地形です。

奈良時代の東海道駅路は周辺を北上し、香取内海を渡って常陸国へ入ったとされていますが、道路遺構の発掘事例はなく、具体的なルートについては議論が続いています。下図は木下良氏の推定。

下総国_木下良_2009年『事典日本古代の道と駅』

いつものバイブル『地図でみる東日本の古代』も、破線がアバウトに引かれているだけ。凹道探索は無理かと半ば諦めながら、古街道研究家・宮田太郎氏の説をkashmir3Dでチェックしたところ、あっさりと冒頭の切通しを見つけました。

問題はここから先です。

3D地図で見える道筋を青線でトレースし、最新の国土地理院地図と重ねたところ、位置が大きく食い違っています。3D地図のベースとなる航空レーザー測量が実施された前後に、道の付け替えがあったのでしょうか?

龍角寺切通し 地図比較

次に、明治初めの迅速測図に重ねたところ、これも食い違いがあります。

龍角寺切通し 迅速測図比較
出典:歴史的農業環境閲覧システム(農研機構農業環境変動研究センター)

地図だけを見れば、明治以降に何度も付け替えがあったことになります。まさに、“さまよえる切通し”です。

こういうときは、航空写真の出番です。

開発が始まる前の原地形が分かる1947年の米軍航空写真に重ねてみました。すると、今度はピタリ一致しました。その後の各年代の写真でも位置に変化はありませんでした。

龍角寺切通し 1947年米軍航空写真比較/p>

結論としては、どうやら、測量・作図上の問題で誤差が出ただけのようです。地図作成者のミスを誘う何かが、ここにあるのでしょうか?(笑)

こうして、少なくとも明治初めには存在した古道と分かりましたので、改めて「龍角寺切通し」と名付け、実踏に出かけました。次回、レポートいたします。

つづく

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